交代式の因数分解の裏技的方法を紹介します.この記事では,因数分解はつねに実数の範囲で考えます.
まずは次の問題を考えてみましょう.
問 次の式を因数分解せよ. $$a(b^2-c^2)+b(c^2-a^2)+c(a^2-b^2)$$
因数分解の基本的なアイデアはつぎの $2$ つです. ・変数変換を行って,簡単な式にする ・ある変数に着目して,降べきの順に整理する ここではとりあえず,$2$ 番目のアイデアに基づいて,与式を因数分解してみます.$a$ に関して,降べきの順に整理すると, $$a(b^2-c^2)+b(c^2-a^2)+c(a^2-b^2)$$ $$=(c-b)a^2+(b^2-c^2)a+bc^2-b^2c$$ $$=(c-b)a^2-(b+c)(c-b)a+bc(c-b)$$ $$=(c-b)\{a^2-(b+c)a+bc\}$$ $$=(a-b)(b-c)(c-b)$$ という風に因数分解できます.
よほどひねくれた式でない限り,基本的にはこのような方法で因数分解できるのですが,ここでもう一度もとの式を観察してみましょう.もとの式は交代式になっていますね.(交代式とは,文字のどの $2$ つの入れ替えに対しても $-1$ 倍になる多項式のことです→詳しくはこちら) 実は交代式の性質を用いると,より簡単に因数分解を行うことができます.
以下では,交代式の基本的な性質を紹介し,その性質を利用して実際にいくつかの交代式を因数分解してみます.
交代式の因数分解の前に,準備として,交代式に関する基本的な事実を $2$ つほど紹介します.簡単のため,$3$ 変数の場合についてのみ考えますが,一般の $n$ 変数の場合についても同様です.
準備 $0$: 以下の式で定義される多項式を ($n$ 変数の) 差積とよぶ. $$\large \prod_{1\le i < j \le n} (x_i-x_j)$$
たとえば,$n=2$ の場合は,差積は $(a-b)$ です. $n=3$ の場合は,$(a-b)(a-c)(b-c)$ です.
すぐにわかることですが,差積は交代式です.
準備 $1$: $n$ 変数の交代式は ($n$ 変数の) 差積を因数にもつ.
これを証明してみましょう.
$f(x_1,…,x_n)$ を $n$ 変数交代式としましょう.$1\le i < j \le n$ を満たす整数 $i,j$ を任意に選びます.交代式の定義から, $$f(x_1,…,\overbrace{x_j}^{i},…,\overbrace{x_i}^{j},…,n)=-f(x_1,…,x_n)$$ となります,ただし,左辺は $f$ において $x_i$ と $x_j$ を入れ替えた多項式です.この両辺において $x_i$ に $x_j$ を代入すると, $$f(x_1,…,\overbrace{x_j}^{i},…,\overbrace{x_j}^{j},…,n)=-f(x_1,…,\overbrace{x_j}^{i},…,\overbrace{x_j}^{j},…,n)$$ すなわち, $$f(x_1,…,\overbrace{x_j}^{i},…,\overbrace{x_j}^{j},…,n)=0$$ となります.したがって,因数定理より,$f(x_1,…,x_n)$ は $(x_i-x_j)$ を因数にもちます.$i,j$ は任意に選んでいたので,結局,$f(x_1,…,x_n)$ は差積 $$\prod_{1\le i < j \le n} (x_i-x_j)$$ を因数にもちます.
この事実が,今回の記事の本質的な部分になります.たとえば,$2$ 変数交代式 $f(a,b)$ は $(a-b)$ を必ず因数に持ちますし,$3$ 変数交代式 $g(a,b,c)$ は $(a-b)(a-c)(b-c)$ を必ず因数にもつことがわかります.つまり,交代式が与えられたら,いきなりこれらの因数で割り算することができるので,結局,元の式よりも簡単な式について考えることになるわけです.
準備 $2$: 交代式は常に差積と対称式の積でかける $$(交代式) = (差積) \times (対称式)$$
準備 $1$ より, $$(交代式) = (差積) \times (多項式)$$ とかけることがわかりました.ここで差積は常に交代式なので, $$(交代式) = (差積) \times (対称式)$$ とかけます.
以上の準備をふまえて,さっそく交代式の因数分解を行ってみましょう.
例題 つぎの式を因数分解せよ. $$a(b^2-c^2)+b(c^2-a^2)+c(a^2-b^2)$$
与式は $3$ 変数の交代式なので,$(a-b)(b-c)(c-a)$ を因数にもちます.さらに与式は $3$ 次式です.したがって,定数 $k$ を用いて, $$a(b^2-c^2)+b(c^2-a^2)+c(a^2-b^2)=k(a-b)(b-c)(c-a)$$ とかけます.これは変数 $a,b,c$ に関して恒等式なので,たとえば,$a=2,b=1,c=0$ を代入すると, $$(左辺)=2(1^2-0^2)+1(0^2-2^2)+0(2^2-1^2)=-2$$ $$(右辺)=k(2-1)(1-0)(0-2)=-2k$$ したがって,$-2k=2$ より,$k=-1$ となります.ゆえに, $$a(b^2-c^2)+b(c^2-a^2)+c(a^2-b^2)=(a-b)(b-c)(c-a)$$ と因数分解できます.
例題 つぎの式を因数分解せよ. $$a^3(b-c)+b^3(c-a)+c^3(a-b)$$
与式は $3$ 変数の交代式なので,$(a-b)(b-c)(c-a)$ を因数にもちます.したがって, $$a^3(b-c)+b^3(c-a)+c^3(a-b)=(a-b)(b-c)(c-a)g(a,b,c)$$ とかけます.ここで,$g(a,b,c)$ は対称式です.左辺の次数は $4$ なので,$g(a,b,c)$ の次数は $1$ です.したがって,定数 $k$ を用いて $$g(a,b,c)=k(a+b+c)$$ とかけます.つまり, $$a^3(b-c)+b^3(c-a)+c^3(a-b)=k(a-b)(b-c)(c-a)(a+b+c)$$ です.これは変数 $a,b,c$ に関して恒等式なので,たとえば,$a=2,b=1,c=0$ を代入すると, $$(左辺)=2^3(1-0)+1^3(0-2)+0^3(2-1)=6$$ $$(右辺)=k(2-1)(1-0)(0-2)(2+1+0)=-6k$$ したがって,$-6k=6$ より,$k=-1$ となります.ゆえに, $$a^3(b-c)+b^3(c-a)+c^3(a-b)=-(a-b)(b-c)(c-a)(a+b+c)$$ と因数分解できます.
例題 つぎの式を因数分解せよ. $$a^4(b-c)+b^4(c-a)+c^4(a-b)$$
与式は $3$ 変数の交代式なので,$(a-b)(b-c)(c-a)$ を因数にもちます.したがって, $$a^4(b-c)+b^4(c-a)+c^4(a-b)=(a-b)(b-c)(c-a)g(a,b,c)$$ とかけます.ここで,$g(a,b,c)$ は対称式です.左辺の次数は $5$ なので,$g(a,b,c)$ の次数は $2$ です.したがって,定数 $A,B$ を用いて $$g(a,b,c)=A(a^2+b^2+c^2)+B(ab+bc+ca)$$ とかけます.つまり, $$a^4(b-c)+b^4(c-a)+c^4(a-b)=(a-b)(b-c)(c-a)\{A(a^2+b^2+c^2)+B(ab+bc+ca)\}$$ です.これは変数 $a,b,c$ に関して恒等式なので,たとえば,$a=2,b=1,c=0$ を代入すると, $$(左辺)=2^4(1-0)+1^4(0-2)+0^4(2-1)=14$$ $$(右辺)=(2-1)(1-0)(0-2)\{A(2^2+1^2+0^2)+B(2+0+0)\}=-10A-4B$$ したがって,$-10A-4B=14$ より,$-5A-2B=7$ を得ます.また,$a=-1,b=1,c=0$ を代入すると, $$(左辺)=(-1)^4(1-0)+1^4(0-(-1))+0^4((-1)-1)=2$$ $$(右辺)=((-1)-1)(1-0)(0-(-1))\{A((-1)^2+1^2+0^2)+B(-1+0+0)\}=-4A+2B$$ したがって,$-4A+2B=2$ より,$-2A+B=1$ を得ます.これらを連立させて解くと,$A=B=-1$ となります.以上より, $$a^4(b-c)+b^4(c-a)+c^4(a-b)=-(a-b)(b-c)(c-a)(a^2+b^2+c^2+ab+bc+ca)$$ と因数分解できます.